目の前のこのドアを開けたときから、もうすでに戦いは始まる。
気合を入れて、まずは深呼吸…
今日の勝機は十分にある。大丈夫だ。
奥の手がある…
…
よし!
「ただいま」
いつもどおり、玄関にはだれもいない。
「おかえり」
台所から母の声。
うん、いつもどおりだ。
まずは、ランドセルを置きに祖父と共有の部屋に行く。
これは一階にあるので、まぁさして時間はかからない。
「ほら、手を洗ってきなさい」
獲物を確認しようと、リビングに入ったとたんこれだ。
まぁ、いいだろう。
「はーい」
ここは逆らわずに言うとおりにしておいたほうがいいだろう。
おとなしく洗面所へむかおう。まだ時間はある。
さて、今日はどうしよう。
手を洗い、戻ったこところで一気にいくか。
いや、さっき瞬間見たあのなべはおそらくシチューだ。
汁物はさすがにきついな…
テーブルの上にはパンがおいてあったが、そんな味気ないものはいらない。
それ以外は見えなかった…それだけのメニューなわけがあるまいし…
とりあえず、戻るか。今日は奥の手があるからな。
とりあえず、あの手でいくか。
「おなか減った〜」
「はいはい、もうすぐできますよ」
なにがもすぐだ。あと30分はかかるだろう。
しかし、この質問はそんなことを聞くために投げたのではない。
次のこれへの布石だ。
「今日のご飯何?」
さぁ、どう出る?
「ご飯まで、楽しみにしてらっしゃい」
クッ、そうくるか。
「は〜い」
話しながら作業を続けるその器用さは流石だ。
しかし、ここで引いてはズルズルと、勝機を逃してしまうことは経験でわかる。
このあたりで、一気に強烈な攻撃を仕掛けておいたほうがいいな。
「なにか手伝おうか?」
もはや必殺とでも言える、この一言。
「ありがとう」
まだ、彼女が若かったころはこの一言で倒せたものだ。
「でも」
だが、最近では年もとり経験を増すごとに究極の反撃を考え出したのだ。
一瞬、勝ち誇ったかのようなその笑みを僕は見逃さなかった。
「先に宿題をしてらっしゃい」
きた。
これぞ究極のカウンター攻撃。
小学生を相手に卑怯とも言えるほどの一撃。
よもや、反則といってもいいのではないだろうか。
「うん」
この手を最初に使われた時は、さすがの僕も呆然と立ち尽くし、そう言うしかなかったのだ。
だがしかし!
「でもね」
今こそ、奥の手を使うときだ!
「今日は」
さぁ、どんな顔をするか楽しみだ。
「宿題が出なかったんだ」
どうだ!この完璧なまでのカウンター封じ。
さすがの彼女も、作業の手を止めて振り返り驚いた顔をしている。
さぁ、これが通じるか。
しかし、僕はまだ甘かったのだ。
彼女の不適な笑みと、その口から信じられない言葉が出たのを逃すはずがない。
「じゃあ、テラの散歩に行ってきてちょうだい」
勝利を確信していた僕にとって、まさに大敗をきした瞬間であった。
おそらく、散歩から戻ればもうすでに兄たちは帰宅してテーブルに着き、僕の帰りを待っているだろう。
さらに席についたころには最後の皿が運ばれてきて、そこから晩餐が始まる。
「お願いね。助かるわ」
その言葉を聞きながら、飼い犬にリードをつけ玄関を後にした。
次こそは、必ず勝つ!!