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歯車

 木でできたテーブルに同じく木製のイスが三つ、部屋のほぼ中央に置かれているのが見えた。続いて部屋には四つの扉があり、一つの扉の前には小さな段差があるので、そこが玄関だとわかる。玄関の真向かいには、流し台やコンロなどがあり、調理場になっている。

 なんてことない、住み慣れた自分の家だ。

 どうやらいつの間にか眠ってしまったらしい。外はすっかり暗くなっている。二つある窓から月明かりがこぼれている。

なにか悪い夢を見たような気がするが、大して気にすることでもないとすぐ忘れることにした。

 テーブルの真上にある電球の紐を引いて明かりを点ける。暗闇に慣れていた目には少々刺激がきつすぎたか、一瞬だけ足元がふらついた。

 光にも慣れてきた頃、ふと時計を見やるとけっこうな時間、自分が眠っていたことがわかる。あの二人はまだ戻ってきていないようだ。

 キッチンに行き、すっかり冷めてしまった料理の具合を見る。スープにもう一度火を通そうとコンロに火を灯した瞬間に妙な胸騒ぎを覚えた。

 その正体がわからぬまま、しばらくなにを考えるともなしにおたまをぐるぐるとかき回す。

 ぐつぐつと煮えてきた頃を見計らって、火を止め、鍋にふたをする。

 だんだん胸騒ぎが大きくなってきた。

 とりあえず、気を落ち着かせようと、さっきまで自分の座っていた窓際にある足の丸い揺れるイスに座る。

 窓から空を見上げると、星がきれいに瞬いている。

 しかし、この空気は湿気を多く含み、先ほどまで雨が降っていたことを示している。

 通り雨でも降ったのかと思ったその時、突然玄関のドアが勢いよく開いた。

「おじいちゃん!」

 何事かと思えば、血相を変えた少女が飛び込んできた。

「エル!どうしたんじゃ?」

 その剣幕にただならぬものを感じ、彼女に駆け寄る。

「マルモが……マルモが……」

 抱きとめられたままの格好で泣き出した。

「おい、しっかりせぇ。なにがあった?」

 と、そこへ今度は青年が姿を現した。その腕には一体の機械人形が抱えられている。

 体のあちこちが焦げ、右腕はちぎれそうなのを数本のコードがなんとかぶら下げている状態だった。機能停止を示す目の暗闇はなにも映し出しはしていない。

「マルモ」

 それを見るや、体中から力が抜けそうになったが、自分を奮い起こし、エルをテーブルまで連れて行く。

「どなたかは知らんが、そいつをここまで連れてきてくれたこと、感謝する。ありがとう」

 いまだ玄関を跨ごうとはしない青年に手招きをして、家に上がるよう示唆する。

「いえ。それより、こいつはどこに?」

「そのこの窓の前にあるイスに座らしてやってくれ。そこがお気に入りじゃった」

 黙ってうなずくと、上がりこんだ青年は器用にイスに座るようなかっこうで置いた。

 その様子を見届けてから、テーブルに突っ伏して泣き続ける少女に近寄る。

 突然、青年が床を蹴りつけた音が部屋中に響いた。

 少女が驚いて泣き止む。

「リリックさん。早くここを出たほうが良い。こいつに発信機がついてあった」

 今しがた踏み潰したものを拾い上げて、見えるように掲げる。

「なに!?」

「壊しはしたが、おそらくここはばれている。気をつけろ」

 ポケットから一枚の紙切れを取り出して、老人へと渡す。

「俺の連絡先だ。なにかあったらここに」

「ああ、ありがとう」

「じゃあ、俺はこれで」

青年が玄関のほうへ足を向けた。

「シュウ!」

 その背中を追って少女が駆け寄った。

「ありがとう。ほんとうに」

 無表情だった青年の顔が僅かに緩み、少女の頭に手を載せる。

「それじゃ、元気でね」

「ああ」

 頭に載せていた手を退けて、少女と握手を交わす。

「またな」

 そう言い残し、夜の闇へと溶け込んでいった。

 少しの沈黙。

「エル」

 それだけ言って、口ごもる。

「……もう休みなさい」

 しばらく思案した後、なんとかそれだけ言った。

「うん。……おやすみなさい」

 少女が自室へと入っていき、扉が閉まるのを確認してから、機械人形に近寄った。

「おかえり、マルモ」

 扉越しに少女の嗚咽が微かに聞こえてきた。