歯車

 気が付けば昼休憩を知らせるベルが埠頭に響き渡っていた。

 普段のソレは主に人の時間を計るために入るためのもので、休憩という概念のないボクら機械人形にはあまり意味をなさないただの音。でも、こうして今日みたいにたまに関係があるときがある。

 なんとか仕事を終えたボクは、港の倉庫群を抜けたところにある、こぢんまりとしたプレハブに向かった。

 ここには本当はあまり来たくない場所なのだけれど……。

「失礼します」

 ノック三回の後、丁寧な言葉遣いや仕草で直属の上司である人の前に立つ。

「本日は規定にある定期メンテナ――」

「わかっとるわい!それぐらいワシでも憶えとる!わざわざそんなことを言うためにここに来たのか!いいからさっさといけ!――今すぐだ!」

 突然、顔を真っ赤にして、あまつさえも机にある物はなんでもかんでも投げてよこしてきた。ただ、どうもボクに渡す気はさらさらないようで、どれも全力で、なによりもその目に殺気がこもっている。

 始まりと同じく、突然物を投げる手が手動のエンピツ削りを振りかぶったまま止まった。

「――なんだ、その目は」

「え?」

「その――ワシをバカにしたような目はなんなんだと言っている!」

 またもや、一方的なキャッチボールが始まったので、これ以上いたら本当に危ないと判断し、礼儀を忘れないように部屋を出た。

 人ならばここでため息の一つでもつくのかもしれない。

 とりあえず、わかったと言っていたので報告の義務は果たしたと言っていいだろう。メンテナンスを行う工場まで行くことにする。

 歩きながら、先ほどの上司の行動を分析してみる。それは、おそらくボクであっても理解できるような心理だろう。

 機械人形部管理科監視係長。彼の肩書きである。

 ちなみに、管理といっても機械人形は自らが故障するような動きはできないし、その可能性が大きい行動も事前にブロックがかかる。内蔵されている演算システムによってはじき出される未来予想はかなりの精度で当たることが証明されている。

 つまり、彼にはほとんど仕事がない、ということ。

 それなのに、出勤時間になればあの詰め所に出向き、一日中ボーっとして、帰宅時間になれば出る。

 以前はそれなりに責任のある仕事に就いていたらしいのだが、なにか大きなトラブルを起こしたようで、ここにきた。

 それ以来、ああやってボクらのことを怒鳴り散らすことだけが、そのうっぷんをはらすチャンスなんだろう。

 座ってボーっとしているだけで生活ができるのだから、羨ましいとは思うのだけど。

 人の考えることと僕の考えることは違うのだろう。

 僕は所詮は作られた命なのだから。